沿革
広江地区は水島工業地帯に近く、多数の企業団地の建設予定があった。各種産業の膨張に比例して、共働きで働く家庭が増えるため、市役所関係者、地区民の賛同のもと、昭和44年5月に定員60名で弘恵保育園開園となる。
昭和48年定員80名にて増設工事を行う。
昭和49年1月定員を150名とする。
園児増加で昭和51年4月定員180名とする。
昭和57年頃より園児減少が目立ち、昭和58年4月定員を150名となる。
昭和59年4月定員120名となる。
昭和60年4月定員90名となる。
平成4年頃より園児増加が目立ち始め、平成5年4月定員120名となる。
平成15年4月定員150名となる。
平成20年4月定員180名となる。
平成27年4月定員190名となる。
平成28年4月倉敷市第三福田保育園(定員90名)を民間委託される。